絵本

Émile7

このお話は、自分から逃げたい人を、
秘密裏に逃がす地下組織のエージェント、エミール7との逃避行に関する注意事項の物語です。

もし、あなたが自分から逃げ出したい
と思うなら、成りたい自分をしっかり
思い描いて読んで下さい。
エミール7があなたを迎えに来るその時に備えて。

 

彼の名前はエミール7(シエテ)。
エミール6(セイス)でも
エミール8(オチョ)でもない。
彼が君を君から逃がしてくれるだろう。

エミール7が迎えに来たら、黙ってついて行くんだ。
何も持っていってはいけない。
何処へ行くか聞いてもいけない。
エミール7にそれを質問するな。
彼は君が誰かも、
何故逃げるのかも知らない。
ただ、君を逃がしてくれるだけだ。

エミール7を待つ間、
部屋はいつも綺麗にしておけ。
いらないものは捨て、必要なものだけで部屋を飾れ。
君がキチンとした人間で、人生を楽しみ、
思慮のある行動をしていることを示すためだ。

でなければ、君が居なくなったあと、
無駄な不安を君と君のまわりに残すだろう。

 

エミール7がいつ迎えに来るかは誰も知らない。
エミール7も知らない。
君はただ、その時を待つのだ。

月が雲に隠れたら、その時だ。
みだしなみはいつも通りに。
変装しようなどと考えるな。
いつもと違うことをすれば、行動がぎこちなくなり、返って目立つからだ。

 

エミール7がドアをノックする。3回だ。
コツコツコツ。
しばらくしてまた3回だ。
コツコツコツ。
10 数えてドアを開け、彼を中に入れろ。
握手をして左の頬に1 回、右に2 回キスをするんだ。

手順を間違えるな。
これはエミール7が君を確認する儀式だ。
確認したら、彼は君を逃すために命を賭けるだろう。

 

部屋を出たら、あとはエミール7について行くだけだ。
ドアの外が君の知らない街だったとしても、驚いたり、
キョロキョロしたりしてはいけない。
ただ君はエミール7について行くのだ。

後ろも振り向くな。
辺りもうかがうな。
それはエミール7がやる。

 

エレベーターは使わない。
必ず階段を使う。
足音を立てないように、細心の注意を払え。

だから、足音の出るような靴は禁物だ。

何階降りたかも数えるな。
もしも、作戦が失敗しても、知らなければ吐きようがないからだ。

 

街は静まりかえっているいるはずだ。

エミール7はそんな夜の
そんな時間を選ぶ。

物音ひとつしないからと言って
恐れてはならない。

美しいからと言って
ため息をついてはいけない。

 

水溜まりに気を付けろ。

足を濡らしてはいけない。
足跡が残るからだ。

だからと言って、水溜まりに映る月に見とれてはいけない。

エミール7は足が速い。
見失うぞ。

 

エミール7が指示したら、どんなに狭くても、汚くても躊躇せずに入れ。

そして止まれと指示されるまで黙って進め。

不安に思う必要はない。
エミール7は君のすぐ後ろにいる。
エミール7は決して君を見失わない。

 

細い通路に月明かりが差し込んだら、止まれ。

ネコが一匹やってくるからだ。
その時、エミール7はいちいち指示しない。

自分で判断しろ。

 

そのネコが、君たちの足の間を潜って行くまで、じっと息を殺しているんだ。
まるで、そこにあるのは物かのように。

ネコが立ち止まったり、鳴いたりすれば、住民は異変に気づくかもしれない。
リスクは減らせるだけ減らすのが鉄則だ。

 

通路を抜けると波止場に出る。

波止場にはカエルがいるだろう。
頭の上に外灯を乗せているが、それは奴らの仕事ではない。
奴らは釣りをしているだけだ。

エミール7は奴らに話しかける。
口の堅い連中だが、君は話しかけてはいけない。
人間同様に釣りをする奴らの話は長い。

 

協力者の家を通る。

裏口から入り、キッチンを抜ける時、ミートパイの美味しい匂いがしても、唾を飲み込んだり、お腹を鳴らしてはいけない。

 

居間では協力者の家族がテレビを見ている。

彼等は努めて君たちに気づかないフリをしている。

だからどんなに感謝の気持ちが溢れても、挨拶をしてはいけない。

黙ってエミール7についていけ。

 

協力者の家の玄関で、エミール7が止まれと指示する。

君はドアに姿を見せないように、玄関の中で待て。

エミール7は10 分ほどで戻ってくる。

不安に思う必要はない。
エミール7は決して君を置き去りにしない。

 

ドアの横のテーブルにある軽く焼いた干し芋と紅茶は、君のためのものだ。

ありがたくいただけ。

それは、この旅の最初で最後の食べ物だ。
味わって食べろ。

歯触りや薫りに気持ちを集中するんだ。
その焼き加減と有難味を忘れるな。

 

エミール7が戻って来たら、彼について森へ行け。

森は沈黙しているはずだ。
沈黙は君に試練を与えるだろう。
過去の悪い思い出ばかりを思い出させる。
しかし、怒りを覚えてはいけない。
全てを許してやれ。
先ず自分を、そして出来事を許せ。

怒りは無駄だ。持って行くな。
許す勇気を身につけるのだ。

 

森を抜けると、湖に出る。
バーチバークのカヌーに乗って漕ぎ出す。

湖の美しさは、君に試練を与えるだろう。
過去の悲しい思い出ばかりを思い出させる。
しかし、嘆いたり恨んだりしてはいけない。

全てを愛せ。
先ず自分を、そして出来事を愛せ。

嘆きは人を凍らせる。持っていくな。
愛の強さを覚えるのだ。

君の人生について
エミール7に語るな。
その答えをたずねるな。
未来を問うな。

それは君自身で考えることだ。

 

向こう岸に着くと、年老いた馬が1頭、君を待っている。名前はジョゼ。

君は馬に乗れるか?

もし、乗れなくても心配はいらない。
ただ、背筋を伸ばし、乗っていればいい。

道はジョゼが知っている。
黙って連れて行ってもらえ。

 

ジョゼが歩き出したら、一度だけ後ろを振り向け。

エミール7が手を振っているのが見えるだろう。

エミール7とはそこでお別れだ。
声を出さずに、別れを言え。

不安に思う必要はない。
ジョゼは君より遥かに経験豊かだ。

 

海へと続く草原は広大だ。
草原の広大さは、君に試練を与えるだろう。

自分の過ちをばかりを思い出させる。
しかし、悔やんではいけない。

今度はどうするべきかを考えたらいい。
過ちを犯したことに苦しむなら、君は本物の優しさを手に入れるはずだ。

過ちから何かを学ぶなら、それが知性だ。

 

朝日が昇るころ海に出るだろう。
君の逃亡の旅はそこで終わりだ。

君の望む明日の自分になるといい。

迎えた朝日に祈るなら、自分のために祈らずに、誰かのために祈るといい。

君のことは私が祈る。

 

人は一人にはなれない。
だから、新しい明日では、人を大切にしろ。
他人の悪いところに注目してはいけない。
「良い」ことは「良い」と、
「美しい」ものは「美しい」と声に出すのだ。
美しい言葉が、君の新しい明日を作る。

……では、良い旅を。
君の人生が、びっくりするほど素敵なものに
なるよう、何時までも祈っている。

友・エミール7